コラム M&A基礎編 ~株式譲渡と事業譲渡の違い~

2023年6月30日



 株式譲渡事業譲渡、どちらもM&Aを行う際の取引方法ではありますが、混同していると損をする可能性があるので、2つの取引方法について整理して説明します。

 株式譲渡とはその名の通り、法人の株式を譲渡すること、売主は法人の株主であり、譲渡対価は株主に対して支払われます。他方、事業譲渡は事業を譲渡することで、売主は法人(あるいは個人事業主)であり、譲渡対価は法人(あるいは個人事業主)に対して支払われます。事業の選択と集中を進める中で、いくつかある事業の一部を切り離す際に活用されることが多い取引方法です。

 株式譲渡においては、株式の一部を譲渡することもありますが、今回は全ての株式を譲渡することを想定して、違いを整理していきます。


 株式譲渡において、株式を全て譲渡するということは、法人ごと相手に譲り渡しますので、法人が保有している資産だけでなく負債も一緒に付いていきます。旧株主が仮に法人の借入に対して個人保証を負っていた場合、株式譲渡により法人の所有権を失いますので、個人保証も解除あるいは譲受側に切り替えを行ってもらう必要があります。

 株式譲渡対価は、法人の借入金も含めた評価額となり、売主の経済的なメリットは譲渡対価だけでなく保証が解除される借入金相当額も含まれます。

 他方、事業譲渡においては、譲渡する事業に対する評価額となり、そこには負債が含まれないことが多いです。売主が負っている借入金に対する個人保証を解除もまた、譲受側の責任とはなりません。

 このように、株式譲渡と事業譲渡とで、譲渡対価の意味合いが異なりますので、重要なのは、仮にあなたがM&Aのオファーを受け、譲渡対価の提示を受けた際は、それが株式に対する評価額なのか、事業に対する評価額なのかを、しっかりと相手に対して確認することになります。数億円のオファーを受け、意気揚々になっていたにも関わらず、蓋を開けてみたら事業譲渡に対する評価額であって、負債を清算したら何も残らないということが十分起こりえます。

 次に、2つの取引方法において大きく異なるのが、譲渡益に対する課税になります。

 株式譲渡においては、株式譲渡益に対して一律で20.315%(所得税15%(×復興税率2.1%)、住民税5%)が課税されます。株主個人に対価が支払われますので、株主個人が納税する必要があります。

 他方、事業譲渡においては、事業譲渡益に対して法人実効税率33~34%が課されます。事業譲渡益は通期の法人の損益に含まれますので、通期で事業譲渡益を超える損金を算入した場合、法人としては所得税は発生しません。

 このように、株式譲渡と事業譲渡とで、譲渡益に対する税率が異なります。ただし、どちらの取引方法が売主にとってお得なのかというとケースバイケースであることをご留意ください。

 ここで重要なのは、事業譲渡においては法人に対価が支払われ、譲渡対価を個人に還流しようとするのであれば、法人から個人に対して報酬を支払わなければならない、ということになります。M&Aにより事業譲渡益に対する課税が発生し、個人に還流するのに更に所得税が発生する可能性があります。

 株式譲渡あるいは事業譲渡、どちらを選べば税引き後の手取りが最大化されるかについは、場合によっては将来の相続を含めた中長期的なプランの策定が必要となります。

 譲り渡す側、譲り受ける側いずれもM&Aを進める上でトラブルを避けるために、早期に取引方法のコンセンサスをとることをお薦めします。

本コラムのポイント


author ABNアドバイザーズ澤田