コラム 業界情報編
~『2025年の崖』その内容、課題と対応策~
2023年6月18日
2018年9月に経済産業省が突如として示した『2025年の崖』という言葉が有ります。2025年をあと2年後に控えた今般、その言葉の示すところ、およびM&Aの側面からみた対応を検討します。
1.「2025年の崖」とは
2025年の崖』とは、2018年9月7日に経済産業省内のデジタルトランスフォーメーションに向けた研究会が発表した、DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~(以下、DXレポート)の中で示した言葉です。
企業の将来的な成長・市場競争力の強化の為、企業が蓄積したデータ・情報を新たなデジタル技術を活用し、ビジネスモデルの新規創出や改変を図ることが必要であることを、数多の企業経営者が理解しているものの、実際には下記のような課題が存在し、仮に課題克服やDX実現ができない場合、2025年以降に最大12兆円/年間の経済損失が生じる可能性が有ることを、『2025年の崖』という言葉で示しています。
- 既存システムが、事業部ごとのローカライズ化による全社横断的なデータ活用の難化、過剰なカスタマイズによる複雑化・ブラックボックス化されていること。
- 既存システムが日常業務に深く組み込まれていることで、DX実現には業務見直しが不可欠であるものの、業務見直しに対する現場サイドの抵抗が大きいこと。
また、『2025年の崖』への対応を放置した場合、ユーザ、およびベンダーの観点から、下記のシナリオがDXレポート内では述べられています。
【ユーザーサイド】
- 爆発的に増加するデータを活用しきれず、デジタル競争の敗者となる。
- 多くの技術的不在(※)を抱え、業務基盤そのものの維持・継承が困難になる。
- サイバーセキュリティや事故・災害によるシステムトラブルやデータ滅失・流出等のリスクが高まる。
※技術的負債(Technical debt):短期的な観点でシステムを開発し、結果として、長期的に保守費や運用費が高騰している状態。
【ベンダーサイド】
- 技術的負債の保守・運用にリソースを割かざるを得ず、最先端のデジタル技術を担う人材を確保できない。
- レガシーシステム(※)サポートに伴う人月商売の受託が他業務から脱却できない。
- クラウドベースのサービス開発・提供という世界の主戦場を攻めあぐねる状態になりかねない。
※ レガシーシステム:過去の技術や仕組みで構築されているシステムを指す用語。元来は1980年代に多くの企業が導入した、メインフレームやそれを小型化したオフィスコンピューターを使ったシステムを指す。加えて、1990年代後半から2000年代に開発され企業に導入されたオープン系(使用が標準化、または公開されている技術を用いた)システムであっても、既に最新技術への対応が困難であることから、レガシーシステムと呼ばれる。
上記のような、「2025年の崖」への対応を放置した場合の経済損失を回避し、ビジネスチャンスを獲得するため、企業各社では「2025年の崖」への対応必要性が昨今各所で述べられています。
2.「2025年の崖」が示す課題と対応策
DXレポートにおいては、企業がDXを実現できない場合、既存のレガシーシステムがブラックボックス化した状態が続き、以下のような可能性が想定されています。
- 企業が保有する有用な情報資産(データ)活用を出来ず、DXが実現出来ない(情報競争の敗者に)。
- レガシーシステムの維持管理費が高騰し、技術的負債が増大し続ける。
- レガシーシステムが開発された1990年~2000年代に保守運用を担ってきた技術者が軒並み高齢化することに伴い、保守運用者の技術承継の困難性や、企業のセキュリティリスクが高まる。
上記の課題を克服するためには、DXを本格的に展開し、既存のシステムをDXの基盤となる可変性を有したものへ刷新することが必要であるものの、企業におけるDXの推進には、現実的には次のような課題が考えられています。
- 既存システムの問題点を把握し、いかに克服していくか、経営層が描き切れていない恐れがある。
特に、DX化をすることでどの経営指標(KPI)を可視化し改善していくのかのコンセンサスが経営層で形成されていないことが原因になります。
- 既存のシステム刷新に際し、各関係者が果たすべき役割を担えていない恐れがある。
例えば、経営トップの強いコミットメントが無く、現場の抵抗を抑えられなかったり、ベンダーの提案を鵜呑みにしてしまったり、システムにオーナーシップを持つべき現場が単なる論評家になってしまうためです。
- 既存システムの刷新は、長時間、および大きなコストを有し、経営者にとってリスク的な側面も存在する。
システムは初期的な開発だけでなく、運用していく中で追加の開発が必ず発生します。それを見込んだ投資計画が必要になります。
- ユーザとベンダーの新たな関係性構築が必要である。
ベンダーに丸投げで、開発の不備不具合の責任の全てをベンダーが取らなければならない関係性であると、ベンダーとしてリスク回避のために要件定義に長時間を費やしたり、システム開発の範囲が限定的であったりと、市場やユーザーの変化に臨機応変な開発ができない可能性が高いです。
- DX人材の不足している。
ユーザ企業においては、ITで何ができるのか理解できる人材が不足しており、ベンダー企業でも、既存システムの維持・保守に人員・資金が割かれ、クラウドベースのアプリ開発等の競争領域にシフトしきれていないことが多いです。
前述のレガシーシステムへの対応を行わない場合のシナリオ、および現実的な課題に対して、以下のような対応策が述べられています。
- 「見える化」指標、中立的で簡易な診断スキームの構築。
経営者自らが、ITシステムの現状と問題点を把握し、適切にガバナンスできることが必要です。
- 「DX推進システムガイドライン」の策定。
DX化推進のための「体制のあり方」や「実行プロセス」等を公開し、経営者、取締役会や株主等のチェックリストとして活用することも必要です。
- DX実現に向けたITシステム構築におけるコスト・リスク低減のための対応策。
刷新後のゴール・イメージを共有し、不要なシステムは廃棄していき、基幹システムと連携できることを前提に、細分化されたアプリケーションサービスの活用を検討することも必要です。
- ユーザ企業・ベンダー企業間の新たな関係。
システム再構築やアジャイル開発に適した契約ガイドラインの見直しや、技術研究組合の活用、トラブルが発生した際はITに特化したADRを活用することも考えられます。
- DX人材の育成・確保。
既存システムの維持・保守業務からDX分野に人材をシフトさせること、アジャイル開発の実践により事業部門人材のDX人材化を図ること、スキル標準、講座認定制度によりDX人材育成を推進することも効果的です。
3.M&Aの側面から見た「2025年の崖」
前述の「2025年の崖」、および企業のDX推進への課題と対応策を、M&Aの側面から見た場合、下記のような事象が想定されるものと考えます。
- DXを推進したい非IT企業(特に運送業や建設業等、IT・DX化が遅れている業界)が、自社のIT・DX化を推進すべく、IT企業を譲り受ける。
- 大手・中堅IT企業においては、市中ユーザ企業のDX推進・レガシーシステム刷新への対応要員(コーダーではなく、ICTの可視化、要件定義や基本設計ができる人材)確保を目的とした、資本提携(譲受サイド)の相手先探しや、資本提携の実現
- 採用(人員確保)環境他、経営リソース面において相対的に課題を有すると想定される中小IT企業においては、大手事業者との資本提携(譲渡サイド)の検討・実現。
ABNアドバイザーズでは、国内数少ない銀行系(あおぞら銀行グループ)のM&Aアドバイザリーとして、IT業界における譲受・譲渡両サイドよりM&Aに広く関与しており、様々な事業戦略のなかでIT関連企業様のM&Aサポート体制を整えております。IT業界におけるM&A(譲受・譲渡)をご検討される企業様は、是非とも弊社をご用命ください。
参考文献:2018年9月7日 経済産業省 デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~より
//www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/pdf/20180907_03.pdf
author ABNアドバイザーズ川村