投資会社との提携による「成長戦略」

 今回は、成長型M&Aにて投資会社の株式会社Singularityと業務提携を行った、ヨーロッパを中心に鞄ブランドDURENを展開するラセンス株式会社の松川CEOと桔川CFOのお二人にお話を伺いました。


ラセンス株式会社
メンバーの皆様(左より松川CEO、桔川CFO)
会社名ラセンス株式会社
所在地京都府京都市
業種皮革製品の企画製造卸売業
日本国内及び海外製品の輸出入業
アパレル製品の製造小売業
代表者松川 昌起(マツカワ マサキ)
従業員数(役員含む)9名

ご創業の経緯について教えていただけないでしょうか?


松川様 大学在学中にファッションモデルをし、その流れで卒業後も企業に属せず個人経営で、京都でセレクトショップの運営を始めました。その際大手企業と取引口座を開くために、法人を設立しましたが、そのための法人だったので当初は会社経営というものを全く意識していませんでした。

 他方、「海外において日本のもので勝負したい」という目標が徐々に大きくなり、海外で勝負するにおいて恥ずかしくない会社である必要があるな、ということで、2015年頃に新たにラセンスを立ち上げ直しました。前回の法人設立とは異なり、「会社を運営する」ということと、「社会に対して責任を果たす」ということを意識するようになりました。

デザインはどの様に勉強されたのでしょうか?


松川様 デザインについては独学です。ファッションについては学問というより、自身の感覚で勝負できるところが有り、それを信じてやってきました。一般的には絵を描くデザイナーが多いと思いますが、私は言葉や伝え方のニュアンスを工夫することによってモノを作れると考えています。そのため、誰よりも製造現場に赴く回数は多いと思います。

海外で勝負しようと思われたきっかけは何でしょうか?


松川様 イギリスに旅行に行った際に、嘘みたいな本当の話なのですが、公園で偶然Vivian Westwoodの息子と知り合って意気投合、一緒にブランドを立ち上げようということになり、手始めにTシャツから始めました。Vivian Westwood本人と食事をすることもあったのですが、彼女の「日本のモノづくりや技術力は世界一だけど、日本で世界一のブランドがない」という言葉を聞いたとき、私も、それは何故かと漠然と疑問を持ち始めたわけです。その課題に対して私自身がどこまでできるのかということを色々とチャレンジしていく中で、日本の着物や浴衣など、伝統工芸に対する理解や尊重を私自身もしてこなかったと気付くに至り、「本当のメイドインジャパン」を海外にアピールして勝負したいなと考えるようになっていました。

鞄をメインにされた理由は何でしょうか?


松川様 海外の方から日本の良いブランドについて紹介してほしいとの問い合わせがあったのですが、その時はそれに応えうるものに正直思い至りませんでした。たまたまアパレル仲間との打ち合わせで、面白い生地があるという話を聞き、この生地を活かすことを考えると自ずと鞄が最適であろうということになりました。この生地を使って、自分たちが欲しい鞄や、やりたいことが表現できる鞄を世の中に発表しようと、それがきっかけでDURENを立ち上げました。アルミをレザーと接着させたときの感触がかっこよく、握る男性の仕草がセクシーだなと、それが表現できるブランドにしたいなと考えていました。鞄ブランドを最初から作ろうと思って立ち上げた訳ではありません。例えば、日本人の職人気質や繊細さを表現するために全国の革メーカーを巡って試行錯誤の結果行き着いたのが、今の松阪牛の革になります。

 ブランドというのは、立ち上げた瞬間が一番かっこよい状態であり、最高の場所で勝負したいという思いでイタリアで発表を行い、おかげ様で大きな反響、支持を得ることになりました。なお、余談ですが、DURENのブランド名は、私の子供がまだ言葉を覚えていない頃に意味もなく発した言葉から引用しました。私にとって、とても大切で守り続けなければならないブランドになります。


右より松川CEO、桔川CFO

桔川さんはどのようなきっかけでラセンスに参画されたのでしょうか?


桔川様 ブランド立ち上げ初期に、共通の知人経由でお話を頂いたのがきっかけでした。「作った鞄が飛ぶ様に売れてしまい、商品が作れなくなってしまっているので、資金調達が必要だ。」という話だけ聞き、松川社長に連絡しました。

 既に金融機関からの融資の交渉が始まっていましたが、事業を立ち上げたばかりだったこともあり、交渉は長期化しました。ブランド立ち上げから売上が急激に伸びていた最中でしたので、会社やブランドの成長に合わせて、どのような資金調達手段を選ぶべきか、というのを一緒に考えていました。初期の頃にある程度まとまった資金があれば、会社やブランドとして大きく変われるのに、というもどかしさはありました。なかなか稀なことであると思いますが、創業当初よりメインバンクからプロパーで1億円の融資を受けることができていましたが、それでもブランドの成長スピードに資金調達が間に合わず、どのようにして出来立ての会社で資金調達をするか常に頭を悩ませていました。

創業3期で売上高10億円、5期で20億円と、もの凄い成長スピードですね。創業5期の末頃に我々にご相談頂いたと思います。M&A前後でM&Aに対するイメージは何か変わりましたでしょうか?


松川様 M&Aについて言葉では知っていましたが、全く理解していませんでした。当時はM&Aに限らず様々な判断・決断をしなければならないタイミングでしたので、私が実現したいことが叶う可能性があるのなら話を聞いてみよう、ということだけでした。桔川さんにいて頂いて良かったところでもありますが、細かいところは全てお任せし、重要なところとメリット・デメリットだけを聞いて判断しました。正直未だにM&Aのことを完璧に理解しているかどうかは自分でも分かりません。Singularityとの提携についても、今から考えると信じられないスピードで成約まで至りまして、そちらについてはABNアドバイザーズにも感謝しています。

今回、Singularity様との提携により、資金面や事業の軌道については進展ございましたでしょうか?


松川様 おかげさまで、人材が増え、事業の可能性も広がりました。それに併せて、今まで自由に私の好き勝手や感覚で経営してきたところを、しっかりと経営計画を立てなければならないことも相俟っていい意味で自分自身にブレーキをかけることができるようになりました。それが、資金面以外で一番良かったと思うところです。

桔川様 今までは、私から小言のように指摘することに留まっていましたが、スポンサーができ、株主として会社経営にアドバイスをしてくれますので、経営陣としてもスポンサーの意見も受け入れられるということですね。

桔川さんの中で、M&Aに限らず資本的な資金調達プランというものは元々ございましたでしょうか。


桔川様 初期からありました。メインである信用金庫様から全面的なご支援を頂けていたので、その支援の範囲内でできる限りのところまではやっていこう、と考えていました。一方、どの金融機関においても限度額があり無尽蔵ではない、借入は将来的な返済負担も考慮しなければならないということもあり、何れかのタイミングにおいて借入以外の資金調達方法も模索しなければ次の成長に繋げられない、とも考えていました。

 そんな思いの中、借入と併せて、借入以外でご支援頂ける金融機関を大阪を中心に探し、打診をしていきました。メガバンク、地域金融機関、ファンド等あらゆるところを回りました。その結果、あおぞら銀行関西支店に巡り合い、ABNアドバイザーズを紹介頂くことになりました。

我々を選んで頂いた理由はどのようなものでしょうか?


桔川様 色んな事が重なったからだと思います。当時のラセンスの規模ですと、あおぞら銀行からの借入の条件に満たせませんでした。そこでセカンドプランとして、他社との提携も選択肢としてあるという提案を受け、ABNアドバイザーズの伊藤さんをご紹介頂きました。伊藤さんからは何十通りという候補者をスポンサーとして提示頂き、親身になってアドバイス頂きました。他の金融機関からもいくつかファンドとの提携の提案を受けましたが、投資対象の規模を満たしていないことや、ラセンスは既に海外進出で成功していたため、海外進出支援という名目を満たさない等、結局ご縁がありませんでした。

スポンサーとして選ばれたSingularity様は、普通の事業会社でもなく、ファンド運営会社でもない、自ら投資を行う企業ですが、やはりブランドに色を付けたくないという点が決め手となったのでしょうか?


松川様 それは間違いないです。

桔川様 そういう意味で、我々の考えや実現したいことを尊重してくれ、会社としてのバリューアップのご支援をして頂く、いわばSingularity様の投資ポリシーと我々の考えが合致したということで、提携を進めることができたのだと考えます。

提携後のスポンサーの印象は如何でしょうか?


桔川様 ビジネスであり、ラセンスとSingularityそれぞれにビジョンがあり、我々が考えること全てに賛同してもらえる訳ではないことは提携前から理解していました。実際に提携してみると時には想像以上に窮屈に思うこともありますが、逆に一緒に経営することで我々単独ではできなかっただろうな、というアイデアやチャンスを得られることもあります。

具体的に、提携することで想定してなかったことができたことはどのようなことでしょうか?


桔川様 我々の特徴的なコンセプトメイキングやデザインを評価して頂いたアパレルではない一般消費財メーカーと、来シーズンの新製品をコラボレーションすることになりました。ラセンスでもプロデュース業務はできますが、当プロジェクトは規模が大きく、グローバルなものになります。そのメーカーはアジア圏に強く、ラセンスはヨーロッパに強く、補完関係にあります。当プロジェクトはスポンサーであるSingularity様のネットワークと、我々の経営資源とを上手く合わせて相乗効果を出すことができた成果であると思います。

逆に、提携したことで生じた苦労はございますでしょうか?


松川様 例えば、ラセンスの新製品は海外の展示会をメインに発表し、他ブランドに比べると特に国内における発表の頻度が多くはありません。これは、我々がやりたいことやブランドイメージに合致した展示会にのみ出展しているからです。他方、スポンサーからすると、引き合いを頂いているのだから、国内展示会にもっと出展しても良いのでは、と考えるのは当然かもしれません。ただし、我々はそのブランドポリシーを曲げることはありません。そのような中で、スポンサーとの意見交換や調整が必要となってきます。

桔川様 スポンサーはもちろん数字を求めます。売上を上げるために何をすべきか、という発想かもしれません。他方、我々は、我々の表現したいことを実現し、世の中に受け入れられた結果、後から数字が付いてくる、という感覚的な経営とも言える方法をとっています。結果がついて来ますので、後から振り返ると説明できるのですが、やり始める時に「何故それをするのか」ということに対して論理的な説明が難しいこともあります。そこの折り合いを付けるのが私のミッションでもあります。感覚的なところを、投資や融資を行っているスポンサーに合わせて論理的な言葉に置き換えていく、ということです。これはコミュニケーションと、実績の積み重ねでスポンサーとの信頼関係を構築する他ないと思います。

松川様 来シーズンのデザインコンセプトや施策についても、スポンサーから意見をもらうこともあります。スポンサーとしても、デザインの現場に立つことができないのでもどかしさがあり、お互いに距離感が難しいと感じることもあるのですが、他方、スポンサーとしては採用しなければ支援をしないというような言い方ではなく、建設的なコミュニケーションができるので、Singularity様と提携したことは本当に良かったと思います。

提携後から今を振り返ってみて、如何でしょうか?


桔川様 スポンサーとの関係のフェーズは良い意味で変わってきていると思います。提携当初は事業やブランドを伸ばすべく、資金が必要であり、何故資金が必要なのかというコミュニケーションを頻繁に行い、投資をして頂くことで我々は人材や店舗出店に資金を振り向けることができました。今はビジネスとして、果実を産んで、しっかりと刈り取るということを考えるフェーズになってきています。

 利益率が当初の計画通り改善された今、次のステップは、新型コロナ感染症の影響で海外展示会が開催されていないこともあって横ばいになりつつある売上を如何にして伸ばすかという局面であると考えています。

 またスポンサーとの関係についても、次のフェーズに向けて在り方を考えなければならないと思います。いつまでもスポンサーに甘えるのではなく、我々は我々として自分たちが描いたポリシーやビジョンを実現できるようにならなければいけないと考えていますが、これは延いてはスポンサーであるSingularity様にとってもメリットを享受していただくことになると考えています。

松川様 私はSingularity様と組んでよかったと思います。我々が最も大切にしているラセンスやDURENのブランドが現段階においてもしっかりと守られているからです。もう一度スポンサーを探す段になってもまたSingularity様と組みたいと思いますね。

今後のビジョンについて教えていただけないでしょうか?


松川様 パリで直営店を1店舗運営していますが、イタリアでもう1店舗出店したいと考えています。また海外の良いブランドを扱っていますので、海外ブランドの国内展開も考えています。DURENの国内直営店舗については、アジア圏全体への展開の中の一部分という考えではありますが、再来年位までに3店舗ほど出店したいなとも考えています。生意気なようですが、今まで思い描いた夢はほとんど実現できてきたと思っています。次の夢は国内マーケットでの成功です。今後も常に夢は大きく持っていたいと思います。


聞き手 ABNアドバイザーズ伊藤
(編集後記)
 初めてお会いしてお話を聞いた際も、自分の物差しでは測りきれないスケールの大きさを感じましたが、今回久しぶりにお話をお伺いし、改めてスケールの大きさに圧倒されました。松川CEOと桔川CFOのコンビも絶妙で、将来が楽しみでなりません。世界に誇れる日本を代表するブランドに成長していくことを陰ながら応援しております。